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大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)5号 決定 1983年2月28日

抗告人

大阪府

右代表者知事

岸昌

右代理人

前田利明

友添郁夫

右指定代理人

岡本冨美男外三名

相手方

山田順一

主文

原決定第一項を取消す。

相手方の別紙目録記載の留置人名簿についての本件文書提出命令の申立を却下する。

本件文書提出命令申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は主文第一、二項と同旨であり、抗告の理由は別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

1  記録によれば、本件訴訟は、相手方が公務執行妨害罪の容疑で現行犯逮捕された際、逮捕にあたつた大阪府西成警察署警察官から暴行を受け腰椎横突起骨折等の傷害を負わされたとして、大阪府に対し国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求するものであるところ、本件文書提出命令の申立は、右逮捕後同署留置場に留置された後大阪拘置所に移監されるまでの間の相手方の身柄に関する記録につき民訴法三一二条三号に基づき提出命令を求めるものであるが、本件抗告においてはそのうちの留置人名簿の提出命令の可否が争点となつている。

2 相手方は原審において、右留置人名簿が同法三一二条三号前段の文書に該当すると主張しているので、この点からみるに、同号前段の挙証者の利益のために作成された文書とは、身分証明書、領収書、代理委任状などのように、挙証者の地位や権利、権限を明らかにして後日の証拠とするために作成された文書を指し、同号後段の挙証者と文書所持者間の法律関係につき作成された文書とは、契約書、家賃通帳、判取帳など挙証者と文書所持者との間の法律関係につき作成された文書を指すが、その文書がもつぱら文書所持者の自己使用のために作成されたものであるときは、たとえその文書に挙証者の利益となる事柄や挙証者と所持者との間の一定の法律関係に関する事項が付随的に記載されていたとしても、それは本号にいう文書にあたらないと解するのが相当である。

本件資料によれば、被疑者の留置及び留置場の管理について、全般の指揮監督については警察署長が警察本部長に対して責任を負うものであり、留置人名簿は、被疑者留置規則五条に基づき、留置場に備えて、収容者の本籍、住居、氏名、年令、人相、特徴、着衣、外傷等の状況、罪名、犯罪事実の要旨、看守上の注意事項その他所定事項を記録する簿冊であり、留置人の逃亡、自殺、奪還、通謀その他の罪証隠滅を防止し、かつ留置人の健康及び留置場内の秩序を維持するという留置場の管理、事故防止、保安上の目的のために作成された文書であるから、本件留置人名簿は西成警察署長が、自己の職務として被疑者の留置を適正に行なうために作成する文書と認められる。

そうすると、右留置人名簿は、同号前段にいう、挙証者の利益のために作成された文書ということも、また同号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係につき作成された文書ということもできない。もつとも、本件資料によると、留置人名簿については、被疑者所持金品の預入返還に関する欄があり、預入及び返還について当事者が押印することになつているから、これによつて被収容者が金品の預入、返還を確認する利点がなくもないが、もともと同欄は、危険品及び貴重品については留置管理上の支障が多大であるため、その管理の適正を期するためのものであつて、法律上の権利関係を明らかにするためのものではないから、被収容者の右利益は付随的なもの、ないしは反射的利益にすぎないものというべきである。

したがつて、本件留置人名簿は民訴法三一二条三号前段の文書に該当しないものというべきである。

三以上のとおりであるから、相手方の本件留置人名簿の提出命令の申立は、その余について判断するまでもなく失当として却下すべきであり、これと判断を異にする原決定は不相当であつて本件抗告は理由がある。

よつて原決定主文第一項を取消したうえ、本件留置人名簿に対する文書提出命令の申立を却下することとし、本件申立費用及び抗告費用を相手方に負担させることとして主文のとおり決定する。

(荻田健治郎 岨野悌介 渡邊雅文)

<参考・第一審決定理由>

一 申立<省略>

二 当裁判所の判断

1 原告は本件申立にかかる文書が民事訴訟法第三一二条第三号前段あるいは後段の文書に該当すると主張して、その提出を求めるものである。同号前段の挙証者の利益のために作成された文書とは、その文書により挙証者の法的地位、権利、権限が明らかにされるもの、同号後段の挙証者と文書の所持者間の法律関係につき作成された文書とは、挙証者と文書所持者間の法律関係自体及びこれと密接に関連する事項について記載されたものを指すが、その文書がもつぱら文書所持者の自己使用のため作成されたものであるときは、たとえその文書に挙証者の法的地位を明らかにしたり、挙証者と所持者との間の法律関係に関する記載がなされているとしても、それは本号にいう文書に該当しないと解される。また、もつぱら所持者の自己使用のために作成された文書といえなくても、これを提出した場合に公共の利益を侵害する虞があり、これを避ける必要性が文書提出の必要性に優る場合には、右文書の提出を求め得ないというべきである。

2(一) そこで、右の観点から本件各文書について検討するに、これらの文書はいずれも被疑者留置規則(昭和三二年国家公安委員会規則第四号)第五条に基づいて作成を義務づけられている文書である。右規則は、「逮捕された被疑者の留置を適正に行うため必要な事項を定めることを目的とする」もので(同規則第一条)、同規則は作成すべき文書について様式を詳細に定めているが、これによれば、留置人名簿は、被疑者ごとに作成され、その人定事項、罪名、犯罪事実、逮捕の年月日時、逮捕者氏名、収容の種別及び期間、身柄の処置、金品の預り返還等保管金品の明細、看守上の注意事項等のほか、本案の争点に密接な関係を有すると思われる外傷等の状況を記載し、金品の預入れ、返還については当事者の押印欄がもうけられているもの、看守勤務日誌は、毎日の看守勤務について作成するもので、看守に関する指示、注意事項、巡視や看守の勤務表、収容種類別の被収容者の人員、異動、被収容者の衛生に関する事項、引継に関する事項等を記載するもの、留置人出入簿は毎日の出し入れした被疑者全員の氏名、出し入れの理由、出入場時間、取扱者の氏名等を記載するもの、留置人診療簿は、診療を受けた被疑者について、収容の種類別、氏名、病状、診療結果等を記載するものである。

右の留置人名簿については、被疑者所持金品の預入返還に関する記載がなされ、預入及び返還については当事者が押印するようにもなつているところから、被収容者の権利関係を明らかにした文書ということができ、また、右いずれの文書についても、被収容者との法律関係に密接に関連する事項を記載した文書ということができる。

(二) 右各文書が留置場のもつぱら自己使用のための文書であるかについてみるに、同規則は「留置中の被疑者については、法令の定めるところによるほか、この規則に従い、その処遇の適正を期し、いやしくも人権の保障に欠けることがあつてはならない」と定めるところ(第二条)からも明らかなように、留置による身柄の拘束は人権に対する重大な制約であり、しかもその拘束状況は閉鎖された特別権力関係の下にあつて、人権の保障に欠ける虞れも生じやすいところから、法令による適正な管理運営が要求されるところであつて、右規則第五条の規定はこの要請に基づくものであり、右条項は単なる注意規定とはいい難い。そうであれば、右各文書を、もつぱら所持者の自己使用のためにのみ作成された文書ということはできないものであつて、この点の被告の所論は採用できない。

(三) そこで、次に、本件各文書提出の必要性についてみるに、本件訴訟は、原告が昭和五二年一月二五日被告の職員である警察官谷重彦ほか一名に公務執行妨害罪の嫌疑で現行犯逮捕された際、右警察官から暴行され、第二ないし第四腰椎左横突起骨折等の傷害を受けたとして損害賠償を請求する事案であるが、既に取調済の医師作成の病状回答書等には右逮捕に続く留置期間中に原告が右傷害を受けていたとの記載があり、原告は、右逮捕時の状況について、右警察官らから腰部のほか顔面等も革靴で数回蹴られて負傷したと供述し、他方、谷重彦は右暴行を一切否定する供述をなしており、右現場に居合わせた者としては谷重彦の同僚警察官以外にないので、留置の当初原告の顔面に負傷があつたか否かは右暴行の有無を判断するうえで重要な影響を及ぼす事項であるといいうるところ、本件各文書のうち、留置人名簿には前述のように外傷等の状況を記載する欄がもうけられており、右欄の記載は同規則第一〇条によつて義務づけられているものであるから、留置開始時において顔面等に外傷があればその記載があると考えられ、この見地によると右留置人名簿は、原告に対する暴行の有無を明らかにしうる重要な証拠ということができる。そうであれば、右留置人名簿提出の必要性は極めて大きい。しかも、右留置人名簿を裁判所に提出した場合の公共の利益を侵害する虞については、右文書が被疑者ごとに作成されるものであり、本件では原告が自己についての留置人名簿の提出を求めているのであるから、その名誉、プライバシーはこれを考慮する必要がなく、ただ考えられるのは、右文書に看守上の注意事項を記載する欄があるため、これを公開することが留置場の管理運営上支障を及ぼすのではないかという危惧であるが、右記載の有無は明らかでないうえ、一般的に右欄の公開がそれほど留置場の管理運営の支障になるともいえないから、これを避ける必要性が前記提出の必要性に優るとはいいえないところである。そうであれば、被告は本件留置人名簿を当裁判所に提出すべきである。

しかしながら、その余の各文書のうち看守勤務日誌及び留置人出入簿については被疑者の外傷について記載の欄はなく、これが記載される可能性があるとしても、前記留置人名簿が提出されればこれと重ねて右各文書の提出を求める必要性は殆どないうえ、右各文書は原告以外の被疑者についても記載される文書であるからこれを公開することによる他の被疑者の名誉等の侵害や留置場管理運営上の支障は大きいといいうるし、また、留置人診療簿については診療を受けた留置人全員について記載される文書であるところからこれに記載された被疑者の名誉等を侵害する虞があり、本件各文書のうち留置人名簿を除く各文書については、その提出によつて生じる被疑者の名誉等の侵害や留置場の管理運営上の支障が生ずる虞が、右提出の必要性に優るというべきである。そうであれば、原告は、右各文書については、提出命令を求めえないといわなければならない。

目録

大阪府警察西成警察署警察官が

被疑者山田順一

被疑罪名 公務執行妨害

現行犯逮捕日時 昭和五二年

一月二五日午後六時頃

留置場所 西成警察署

留置期間 昭和五二年一月二五日〜同月二八日

につき、被疑者留置規則に基づき作成した

1、留置人名簿

2、看守勤務日誌

3、留置人出入簿

4、留置人診療簿

別紙

即時抗告の理由

一 留置人名簿の所持者は、抗告人ではなく、大阪府西成警察署長である(被疑者留置規則四条)。

したがつて、被抗告人の本件申立ては理由がない。

二 民事訴訟法三一二条の文書について

1 民事訴訟法の下においては、当事者が自己の手元にある証拠を提出するか否かは原則として、当該当事者の自由であり、文書についてもこれを法廷に提出して当該文書を相手方ひいては一般公衆の了知するところとさせるか否かの処分権は、一般的には右文書の所持者に専属するところ、民事訴訟法三一二条は、右原則に対する例外として挙証者と文書所持者とが、その文書について同条所定の特別な関係を有するときにのみ挙証者の利益のため当該文書の所持者の右処分権に制ちゆうを加えようとするものと解すべきである。

ところで、民事訴訟法三一二条三号前段該当の文書とは、後日の証拠のために挙証者の法的地位や、権利ないし権限を証明するため作成された文書及び挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいうものであり、同条三号後段にいう「法律関係」とは、もともと契約関係を前提として規定されたと解されるから、そこにいう法律関係につき作成された文書は、当該法律関係そのものを記載したものに限られないとしても、その成立過程で当事者間において作成された申込書や承諾書等法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したもののみをいうものである(疎乙第一号証・大阪高裁昭和五四年(ラ)第二八二号、昭和五四年九月五日第五民事部決定、判例時報九四九号六七頁)。

2 それが、もつぱら所持者の自己使用のために作成されたものであるときは、たとえその文書に挙証者の利益となる事柄や、挙証者と所持者との間の一定の法律関係に関する事項が記載され、また文書の直接の作成者が挙証者であるとしても、それは同条三号の文書に該当しないというべきである(疎乙第二号証・大阪高裁昭和五六年(ラ)第一〇一号昭和五六年四月六日第四民事部決定、判例時報一〇一五号四三―四四頁)。

3 文書提出命令の決定がなされた留置人名簿は、同条三号前段及び後段に該当する文書、即ち右文書が前記二の1の目的で作成された文書と解することはできず、後記のとおり文書所持者である大阪府西成警察署長が自己の職務を行うために作成するものであつて、もつぱら行政庁のための内部的な文書にすぎないから文書提出の義務はないものである。

三 留置人名簿について

留置人名簿は、被疑者留置規則(昭和三二年国家公安委員会規則四号)五条に基づいて、留置場に備え、記録する文書である。

すなわち、被収容者の本籍、住居、職業、氏名、人相、特徴、罪名、犯罪事実のほか看守上の注意事項を記載し、留置人の逃亡、自殺、奪還、通謀その他の罪証隠滅を防止し、かつ留置人の健康及び留置場内の秩序を維持するという留置場の管理、事故防止、保安上の目的のために作成されるものである。

前記看守上の注意事項には、当該被疑者の犯歴、罪名(状)、性格、挙動、被疑者間の関連性等を総合的に勘案して、留置人全般及び個々の留置人についての秘密にわたる事項を

例えば

① 当人は、現在収容中の暴力団○○組の○○と同系列の者であるから、話をさせないこと。

② 当人は暴力団○○組の者と交際がある。

③ 同房者○○は性格が激高型であるので、トラブル防止に十分配意する必要がある。

④ ○号房の○○と共犯関係にあり、通謀に注意すること。

などの注意事項を

また留置場の施設構造によつて看守上困難を伴う場合に、具体的な監視方法等の注意事項を

さらに保安上、留置人の特性、性癖によつて、勤務方法等の具体的な注意事項等を

具体的に記載し、もつてその目的達成に資するためのものであつて、もつぱら留置業務を適正に行うための内部文書である。

なお、原決定には「右の留置人名簿については、被疑者所持金品の預入返還に関する記載がなされ、預入及び返還については当事者が押印するようにもなつている」というが、これとても、留置管理上の適正を期するためのものであつて、法律上の権利関係を明らかにするものではないから、留置人名簿は、民事訴訟法三一二条三号の「利益文書」「法律関係文書」のいずれの文書にも該当しないことは明らかである。

四 留置人名簿を提出したときの不利益

留置人名簿は前述のとおり、もつぱら留置業務の遂行上作成されたものであつて、これを公表することは、公務上の秘密又は職務上知り得た秘密を公開することとなり、留置場の管理及び保安上支障を及ぼし、かつ他人の名誉プライバシーをも侵害するものである。

本件文書を提出した場合、当法廷において公開されることとなるのみならず、民事訴訟法一五一条によつて、一般大衆に公開されることになるから、その不利益はさらに大きなものとなる。

五 留置人名簿提出の不必要

本件留置人名簿の提出命令の目的が、「原告に対する暴行の有無を明らかにしうる重要な証拠」として外傷等の状況欄の記載の有無であるのであるから、前述のごとく内部文書及び秘密性の高い本件文書の提出に代えて、責任ある行政庁たる大阪府西成警察署長(被疑者留置規則四条)の回答等をもつて、その目的は十分に達成されるものであるので、本件文書提出の必要は認められない。

六 結語

よつて、留置人名簿の提出を命ずる原決定は、本件文書に対する法的評価を誤り、妥当を欠いたものであるから、速やかに却下されるべきである。

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